イエスキリストがペトロと出会った

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    ペトロはエルサレムで信仰と伝道に、信者たちの指導者となって、エルサレムの教会をまとめた後、ローマで布教活動を行った。

    ペトロがローマに渡ったとき、皇帝クラウディウス(在位:41年〜54年)〜皇帝ネロ(在位:54年〜68年)の時代であった。

    皇帝ネロは、側近に魔術師シモンを置き、寵愛していた。

    シモンは、しばしば、ペトロの宣教に異議を唱え、伝道活動を妨げていた。

    ある日、ペトロは奇跡でシモンを倒してしまい、皇帝ネロの怒りを買い、パウロと共に投獄された。

    牢獄では二人の騎士に見張られていた。二人の騎士はペトロに話を聞き、キリスト教に入信した。

    それで、牢獄から解放されたペトロは、信徒たちに、一刻も早くローマから逃れるよう懇願された。

    ペトロ本人は不本意であったが、信徒たちに強く懇願され、ローマから離れることを決意した。

     

     

    ペトロがローマを出発して、しばらくすると、ローマに向かってイエスが歩んできた。

    ペトロはどちらに行かれるのか尋ねたところ、イエスは「もう一度十字架に上がるのです」と答えた。

    その言葉を聞いたペトロは悔い改め「それでは、わたしも、帰ってあなたとごいっしょに十字架にかけられます」と言った。

    するとイエスは、彼の見ている前で天に昇って行った。

    ペトロは、殉教を告げられたのだと悟り、声をあげて泣き、ローマに引き返し、ネロの兵士たちに逮捕された。

    処刑のときには、イエスと同じ十字架刑では畏れ多いとして、逆さ十字架にかかって殉教した(64年頃)。

    現在、ペトロの墓の上には、サン・ピエトロ大聖堂(聖ペトロ大聖堂)が建てられている。

     

    この聖書の話を聞いて、

    自分も転職を5社以上しているが、この中には自分の意思で退職したものもあるが、

    会社の都合で退職したものもある。

     

    自分の都合以外で逃げたことがある。

    確かに前いた職場の人から、残った人から「私たちを見捨てるのですか?」

    と言われたことを思い出した。

     

    ペトロの場合は、危険が完璧に迫っていたし

    逃げることは恥じることもなく、今後の教団を再構築するにはいいことと

    自分は思うのだけども

    イエス様は、違ったんですね。

     

    ここがすごいと思った

    世間的にみると、死にに行けということでしょう。

    信心とはそれほど半端なものではない。

    不動心なのでしょうね

    信心にぶれがない行動をしなさいということなのでしょう。

     

    自分は仏教徒であり、この不動心はこのような激しいものなんだと

    宗教は違うが同じような感じを抱いた。

     

     

     


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