アメリカ本土を爆撃した男は一生懸命に仕事した

0

    藤田信雄という海軍中尉の話です。

    潜水艦の偵察用水上機で、下駄をはいた水上機で爆撃を国の命令で敢行。

    彼の飛行技術が高いという事で選出されたという。

    実際昭和20年には、アメリカのグラマンをそれで撃墜している。

    腕はよかったのだろう。

    8月15日、藤田は横須賀より伊25でアメリカへと向かった。9月9日水曜日の午前6時、伊25はカリフォルニア州とオレゴン州の境界線の西側に浮上した。藤田と奥田兵曹が搭乗するE14Yは2個の焼夷弾(合計155キログラム)を積み飛び立った。藤田の投下した焼夷弾のうち1個はオレゴン州のエミリー山脈ホイーラーリッジに落ちている。もう片方の爆弾の落下地点は不明である。ホイーラーリッジに落ちた焼夷弾によりブルッキングズの東約15キロの地点でぼやが発生したが、アメリカ林野部によってすぐに鎮火され、結果として木が一本燃えただけであった。その前夜に雨が降っていたため森林はとても湿っており、結果として爆弾の効力はほぼなかった。帰国後、当初上官からは大火災を起こしたと褒められた[4]が、後に真実がわかった際、藤田は上官より「木を一本折っただけではないか」と叱責されたという[2]

    藤田の乗った飛行機はシスキュー国有林監視台にいた2人の男性、ハワード・ガードナーとボブ・ラーソンによって発見される。他の監視役(チェクトポイント監視台とロングリッジ監視台)は敵機来襲を報告したものの、濃霧のためそれを確認することはできなかった。また、藤田機はブルッキングズを通過した際にも多くの人々に目撃されている。同日正午ごろ、エミリー山脈の監視台にいたハワード・ガードナーが煙が上がっていることを報告し、4人のアメリカ林野部の作業員によって、この火災が日本の爆弾によって引き起こされたものであることが判明した。その後、爆弾の先端部分を含む約25キログラムの断片がアメリカ軍に引き渡された。

    爆撃実施後、伊25は警戒中のアメリカ陸軍航空軍の航空機によって攻撃を受ける。オレゴン州ポートオフロードの海底に潜っていた潜水艦の支援を受けてのものだった。アメリカ軍の攻撃によりいくらかのダメージを受けたにもかかわらず、3週間後の9月29日、藤田は2回目の爆撃を行うため出撃する。ケープブランコ灯台を目印にし、東への90分後のフライトの間に藤田は爆弾を投下し炎を見たと報告したが、爆撃はアメリカ側には認知されることなく終わった。

    伊25はSSカムデンとSSラリー・ドヘニーを撃沈し帰還した。日本へ帰る途中、アラスカ州ダッチハーバーとカリフォルニア州サンフランシスコの間を通行中だったソビエト連邦の潜水艦L-16を、アメリカの潜水艦と間違えて撃沈した(当時、日本とソ連は日ソ中立条約を結んでおり、戦争状態になかった)。

    1942年9月のオレゴン州に対する2度にわたる攻撃は、アメリカ合衆国本土に対する史上唯一の航空機による爆撃である。

    wikipedia 出典

     

    この戦史は、このようなものであった。

    2度の命がけのわりには、戦果が乏しい攻撃だった。

     

    戦後17年に、藤田が敢行したこに行為によって

    爆撃地のアメリカオレゴン州ブルッキングス市から招待を受けた。

    彼は死ぬ気で家族と共にオレゴンに向った。

    当地につき、どんな仕打が待っているのだろうと思ったら

     

    敵国の英雄として歓迎されたという。

    藤田はこのことに感激し、

    相互理解がもし日米にあったら

    戦争は起こらなかった。

    と気づき、この招待に報いるためブルキングス市民を招待すると

    約束をした。

     

    自分で作った藤田金属も軌道に乗り60才なって

    そろそろブルッキングス市民招待の準備の段階になった。

    息子に会社を渡し、自分は招待の準備に奔走。

    ところが会社を渡したとたん、息子が会社を倒産させてしまって、

    そのため藤田さんは無一文に。

     

    ここから、働きだし招待の金を作るため82才まで働いたという。

    60から働くと一言で言うが、

    これはななり難しいことだ。

     

    目的があって働けたのだろう。ブルッキングス市民招待の約束を果たすため

    自分の服は作業服だけの生活。

    プライドを捨て、

    しかも、軍隊時代の教え子の会社に就職の世話してもらう。

    配送からはじまり、工場長になり、最後には取締役になっている。

    能力資質はあった人なんだなと思った。

     

    自分のことに置き換えて考えると、

    自分は工場長とか取締役とかのタイトルなど関係ないし、そんな能力資質はない。

    ないが、運転手でもいい

    82才まで働き続けて、お金を得てこのお金を

    人のために使いたい。

    自分のことばかりにお金を使う事ばかり考えていたら

    きっと

    早死にするだろう。

     

    仏さまは長く生かす価値はない

    と判断されるだろう。

     

    人は仏に仕える理由があるから長く生かされる。

    人類、地球のために生かされている。

     

    なければ、あるいは仕え尽くしたら

    あの世に行くしかないだろう。

     

     

     


    コメント
    コメントする








       
    この記事のトラックバックURL
    トラックバック

    calendar

    S M T W T F S
       1234
    567891011
    12131415161718
    19202122232425
    262728293031 
    << August 2018 >>

    成婚率最高資料請求無料

    幸せの無料資料請求

    スポンサードリンク

    スポンサードリンク

    3

    selected entries

    categories

    archives

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM